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某日記別館(裏日記)。トンデモや時事に特化。
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アパグループ主催。第四回「真の近現代史観」懸賞論文におきまして、
この度、我らが 高田純 センセイが最優秀藤誠志賞を受賞されました!

以前から高田純センセイをウォッチしてきた立場上、お祝いせねばなりますまい。
おめでとうございます! ぱちぱちぱち……

さて、高田純センセイは昨年もアパグループの懸賞論文に応募されてまして、 
こちらも見事、二位である優秀賞(社会人部門)を獲得なされました。
その内容に関しては、論文の抄録がございますので、まずは参考までに。
論文抄録 「広島平和公園の碑文は撤去すべき」

高田純センセイ。「核をめぐる、とんでもない陰謀」に気付かれたとのこと。
その「核をめぐる、とんでもない陰謀」とは果たして、どのような陰謀なのか?

恐らくは、論文の趣旨であろうと思しき記事がありました。 
◆今、わが国の核抑止力構築を(國民新聞・平成22年11月25日)
  ◇封印された核開発 
 
 敗戦後、マッカーサー総司令官は、わが国の核科学者たちを公職追放しなかった代わりに、核兵器開発にも向かわせなかった。GHQは、実験装置を破壊し、一旦日本の核実験研究全体を停止させた。理論などの基礎研究のみを最初に、その後核の平和利用分野に限定した研究を認めた。こうして日本の核兵器開発を敗戦後、GHQは封印した。そしてわが国の核科学者たちは核の昭和史に沈黙した。
 しかも、米国は湯川秀樹をプリンストン高等研究所に招聘し親米家にしつつ、アインシュタインとともに、世界の反核兵器運動家に誘導する高等手段を実行した。こうして戦後の日本人科学者たちは自国の置かれている現実を直視することなく、核兵器の脅威を「核兵器廃絶」という一言で、昭和二十年の歴史の一こまに閉じ込めてしまったのだった。これが核の現実を考えさせない国内世論を形成し、米国の当初の狙いは成就することとなった。
 ただし、昭和二十九年三月一日に発生したマグロ延縄漁船第五福竜丸の核被災に端を発した親ソ親中の反米反核運動が擡頭した。その結果、冷戦下、湯川ら親米の民主主義派と親ソ親中の共産主義派の両陣営の偽りの反核運動によって、わが国の核は完全に封じ込められてしまったのだ。
    (後略)
つまり、戦後すぐはアメリカ(GHQ)によって日本の核兵器開発が封印され、
その後は、第五福竜丸被災に端を発した親ソ中共産主義勢力による反米反核運動。
親米の民主主義派と親ソ親中の共産主義派の両陣営の偽りの反核運動」により、
日本における核兵器の開発は、封印されたまま現在に至っているのである!
という、なかなかにエキサイティングでアクロバティックな陰謀論であります。
何がアクロバティックかって、アメリカ政府など、わざわざ湯川秀樹博士を招聘し、
新米家にしつつ反核兵器運動家に誘導(洗脳?)するという面倒臭いことやってます。
そんな器用な真似できるなら、アメリカ政府はまず、国内の反核運動から。
特に、アインシュタインはじめとした在米科学者たちからどうにかすべきではなかったかと。
それにしても、米ソどちらか片方を原因とする陰謀論は数多く見られるのですが、
米ソ両方が原因だとする論法は、なかなかないのではないかと(ユダヤ陰謀論除く)。

あ、それから上記國民新聞の論文における見所はもう一つ。 
全体を貫く史観が、所謂 「昭和天皇が日本の原爆開発を止めた」 論であること。 
この史観の荒唐無稽さに関しては、原田実『トンデモ日本史の真相』(文芸社)に詳しいので、
まずは第4章ラスト、「日本の原爆開発を止めたのは昭和天皇?」参照のこと。

高田純センセイの論文の全体的な構成に関しては、こちらが元ネタです(爆)
五島勉 『日本・原爆開発の真実 究極の終戦秘史』

目次や内容などが掲載してあるサイトありますので、そちらと比較して下さい。
論文の内容と、ほぼオーバーラップしてることが分かると思います。
・「◇世界最高の核科学」の中で、東北帝国大学・彦坂忠義教授の理論に触れたり、
  (核物理学ならともかく、日本の核兵器開発の中ではあまり出てこないでしょ)
・「◇平和主義と抑止力」の項。玉音放送が昭和天皇の人類平和主義の証拠であるとか、
 昭和天皇の真の平和主義と比較しての、トルーマン大統領の悪辣ぶりとか(笑)。

この五島勉の『日本・原爆開発の真実』(祥伝社・2001)にも元ネタがありまして、
まず具体的なウラン入手方法や、天皇が自ら中止命令を出したとする直接の根拠。
更に、後に高田純へと受け継がれる、昭和天皇の達観した人類平和主義とその賛美。

その大元となった情報源は、これです。
河内正臣『真実のメシア 大救世主に目覚めよ!(山手書房新社・1992) 

具体的には、杉山元帥から直接聞いたとする故・岩田幸雄氏の証言がそれ。
ちなみにその抜粋(該当箇所)と当時バラ撒いたパンフは、こちらで見れます。 
緑の和 天皇の真実 昭和天皇原爆に関する資料

元々、河内正臣氏が処女作『天皇の真実』(たま出版)から一貫して唱えて続けてたのが、 
現憲法は平和主義者である昭和天皇の意向に沿って作成された、とする考え方。

岩田幸雄さんの衝撃の証言により、河内氏は自説を強く確信されたものと思われます。
もっとも、これ以外根拠となるもの何一つないのですが(笑)。 
それが、五島勉に受け継がれ、高田純が継承し、そしてアパ受賞に至るわけです。
何なら今回の優秀賞をゲットしたドクターサー中松義郎にも受け継がれてたりして(笑)

そして、五島氏のもう一つの元ネタが、出雲井晶『昭和天皇』(日本教文社・1996)。
杉山元帥への具体的な原爆開発中止命令と、そのやり取りなどはここに出てきます。
東条内閣総辞職後、『小磯国昭』内閣が誕生する。
杉山元帥は再び入閣し、陸軍大臣となった。
彼は秘密裏に、再度原爆開発を急がせた。
ところが新兵器を積むロケットの燃料製造過程で誤爆事故が突発。
天皇陛下の耳に入った。
杉山元帥は、こう述懐する。
「天皇陛下から呼ばれた私は、『まだやっていたのか!』と強く叱責され、
まことに面目なく、これ以上開発を進めることはできなくなった。
開発した核兵器によるアメリカへの攻撃手段がロケットなのも、この本由来(笑)。 
ちなみに、河内正臣氏の本には攻撃手段に関して言及ありません。
現在この本は産経新聞社から復刻してまして、ブクオフにて同様の記述を確認(買え)。 
それにしても出雲井晶、見てきたような嘘つきますなあ(笑) 

……ということで、高田純センセイ。本職の核防護学に関してはまだしも、
歴史に関しては完全にトンデモ確定です。 

最後になりましたが、高田純の元ネタである五島勉の元ネタである河内正臣氏。
その、とてつもなくひどいと思ったパンフを紹介しておきます。グロ注意
天皇の真実 2007年 広島・長崎原爆の資料

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